日刊競馬コラム
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日刊競馬で振り返るGI
トムカウント
(1986年帝王賞)

◎トムカウントと石崎隆之◎


レース柱(554KB)


 名騎手への道――。経験、忍耐、切磋琢磨。もちろんそれは、一歩一歩階段を踏みしめるようなものなのだろうが、ジョッキーの場合、他種アスリートとは少し違う、不思議な“運”が必要不可欠だったりする。名馬との出会い、めぐり合わせ。石崎隆之は、昭和62年、31歳で初の南関東リーディングJに昇り、以後15年間、1度として頂点を譲らなかった。その前年、トムカウントとのコンビで、中央競馬招待、初の「帝王賞」を勝っている。

 昭和62年暮れ、記者は石崎隆之と初めて親しく話を交わす機会を得た。“新春特集”のインタビュー。船橋の某割烹料理店。山本大輔TMと一緒に小座敷でリーディングJを待った。しかしこれはいま思うと取材にかこつけた“懇親会”で、恵子夫人と、まだ小さいお子さん2人が同席した。そのぶん終始リラックスムード。きわめて愉しい時間になったと記憶する。石崎Jは素朴で実直、ふだん寡黙だが、飄々として飾らない人柄。お酒が回ってくると、リクエストなしで本音をスラスラ話してくれた。「リーディングJは計算していたんだよ。1か月20勝×12で250。家のトイレにいくつ勝ったか、毎日“正”の字で書き込んだりしてね」 「ダートの競馬なら距離は乗り方ひとつでどうにでもなる。今はそのくらいの自信がある」 「好きな馬? 速い馬は楽だけど、自分の思い通りに動いてくれる、そういう馬が一番いいかな。乗り甲斐がある」。

 昭和61年「帝王賞」。鮮やかなイン強襲、最後は2着リキサンパワーに1.1/2差をつける完勝だった。今回この原稿を書いているが、正直当時のビデオなど再見できず、記憶だけが頼りとお断りしておく。いずれにせよトムカウントは一分の隙もない好騎乗で「帝王賞」を勝ってしまった。レース描写といえば、12頭立て12番枠から巧みに捌いて3番手。1番人気カウンテスアツプらがまくり気味に動く中、じれったいほど我慢を重ね、最後の最後、100%の瞬発力を引き出している。10番人気、単勝オッズ130倍。乗り甲斐のある馬――。トムカウントは、石崎隆之にとって間違いなくそれだろう。「トムカウント? 忘れられない馬だよね。全国区の帝王賞で自分を男にしてくれた。それより何よりイメージ通りの競馬で強敵相手に勝ったこと。そこで乗り役として自信が持てた」。

 トムカウント自身について書いておく。父トンピオン。帝王賞を勝ったのが8歳春、晩成型といえばもちろんそうだが、自身体質にひ弱さを抱え、何とも歯がゆい歩みだった。ただし当時は南関東黄金時代。 ライバルが強力 だったこともある。カウンテスアツプがいた。ロツキータイガー、キングハイセイコーがいた。さらにガルダン、スズユウ、テツノカチドキ…。トムカウントは常に脇役でしかなく、しかし他に川崎「オールスターカップ=当時南関東G1級」なども勝ち、一発屋、切れ者のイメージは随所で強くアピールしている。「自分の計算に沿って走ってくれる馬。それが乗り役冥利でしょう」。人馬一体。トムカウントは、結果自身の能力以上に走り、歴史的な名ジョッキーを育ててくれた。

帝王賞・本馬場入場  石崎隆之に話が戻る。“力”より“ワザ”。少なくとも地方競馬では異色であり稀有であり、その騎乗(勝負)姿勢は革命的といってもいい。砂の深いダートコース。たとえばC2~C3、失礼ながら押せど叩けど動かない馬。そんな状況でさえ、彼はおおむね綿密な作戦を胸にレースへ臨む。力関係を読むこと。相手の出方をイメージすること。内田博幸とも違う、的場文男とはさらに違う、独自のスタイル。馬を“動かす”というより“勝たせる”ことに集中する。「競馬新聞は熟読しますよ。相手の時計と脚質をつかんでから、じゃあどう乗ろうかと考える」。いい悪いではもちろんない。ジョッキーそれぞれの流儀ということ。ただその結果、平成6年阪神・WSジョッキーズ最終戦「ゴールデンホイップ」。それまで先行馬とされていたトウカイサイレンスで豪快な差し切り。逆転優勝などという事実もあった。

「日刊競馬」紙上、長く予想をさせていただいている。で、しばしば訊かれたアンケート。「あなたのジョッキーグランプリ、その3位までを順にあげよ――」。記者の場合、常に回答は決まっていて、1武豊、2石崎隆之、3桑島孝春…。なぜ石崎隆之が1位でないかといえば、地方所属の現実も含め、武豊ほどの運がないこと。性格的に騎乗馬セレクトの際、最後は自分の功利より義理人情が優先すること。ただ馬はともかく、南関東ジョッキー。その第一線は相当にレベルが高い。たとえばいま絶頂期にある内田博幸騎手も現実に34歳。平成元年デビュー、昇りつめるまで相当の時間を要した。「石崎さん、的場さん、厳しいところでもまれたから、今の自分に自信が持てる」(内田博騎手)。改めて石崎隆之の凄さをイメージする。C3の馬(例えばハルウララ)に乗っても、出たなりの競馬はしない。ハルウララの“脚質”を含めたレースを組み立てると思えることだ。

 「男の子が生まれて、それも自分のハリになっているかな。今年だけじゃない。まだまだ頑張らなくちゃいけないから…」 。18年前の石崎隆之はそう語り、夫人と穏やかな微笑をかわした。その男の子は、“宴席”の周囲を元気いっぱいに駆け回り、しかるうち母親にたしなめられ、結局バタリと寝込んでしまった。それが石崎駿騎手。以後2人とうちとけて話をする機会もないが、山本TMともども、親子鷹ジョッキーの機微、今の競馬に対する想いなど、さまざま聞いてみたい部分はある。駿騎手も、今季ナイキアディライト(マイルグランプリ)で重賞初制覇、勢いに乗り、テンセイフジ(東京プリンセス賞)も絶妙のまくりで素晴らしい騎乗とみえた。今回「帝王賞」。アディライトは父・隆之に手が戻る。確かにイメージは一直線の快速馬だが、キャリアを重ねだいぶ地力も強化された。勝つための競馬を、石崎隆之がどう組み立てるのか。ひとまず記者は単勝を買うつもりでいる。

トムカウント 1979.3.27生 牡・鹿毛

競走成績:63戦19勝
主な勝ち鞍:報知オールスターカップ、帝王賞
トンピオン
1957 黒鹿毛
Tom Fool
Sunlight
フジスパニッシュ
1969 鹿毛
スパニッシュイクスプレス
ニューシスター